中道★調和の取れた思考

タロット-生命の物語

中道★調和の取れた思考

中道とは、右か左かのように、二つに分かれた考え方の 中間という意味ではありません。

一見は全く反対に思えること、そのどちらも否定せず、どちらにも極端に偏ることなく、
どちらの考えも、ある側面からは正しいと捉えます。

その上で、時代が変わっても、場所が変わっても、人が変わっても、
どんな条件が変わっても、決して変わらぬ普遍の考え方を「中道」といいます。

さて、人が人の命を奪う行為は、生命に深い悪業を背負うことになります。
戦争は、何かの正義をもとに、どんな大義を掲げていたとしても、生命の次元から見た場合は、
悪であることには変わりなく、大きな負の共業を 負うことになるでしょう。

私たち人間は、悪業を積んでいない人など、あり得ないのです。

また、人生には、一見真逆に見えることが、同じ生命から生じた 反対の側面を持つことも多々あります。

例えば、愛と憎しみは表裏一体です。
愛を求めすぎ、自分の想いに固執すると、相手を信じるというバランスを欠き、疑いの心が生まれます。

目に見える現実ですら、「意識の私」には、ある偏った側面からしか見れていないので、
目に映った情報だけで「裏切られた」と感じた時、多くの場合、愛は憎しみに変わります。

関心の薄い人が 同じことをしても、嫌悪感が生まれるだけで、憎しみまでには発展しないでしょう。
自分の心が、いかに自分主体であるか、よくわかる事例です。

例えば、人生における悩みや困難は、避けたいもの、好ましくないもの、不幸な出来事として捉えます。
しかし生命の観点から見た場合は、困難は心が成長する為に必要な過程であり、
究極は、真の幸福に進む為に、必然的に起きていることでもあるのです。

このように、人間の目には、両極端に映ることが、本質は同じということがよくあります。
生命の真実とは、すごくシンプルなのだと思います。
しかし人間としての「意識」が生まれた時、まるで 煩悩の煙に巻かれるように 心が濁り、
真実が見えなくなってしまうのでしょうね。

この見えなくなった真実を、「思考」の力で見抜いていきます。

人間は本来、宇宙生命と同一の存在であります。
同時に、宇宙生命から分離独立した「個」の生命としての存在でもあります。
このどちらも間違えではなく、どちらも正しいと捉えるのが、中道の本来の意味です。

だから、精神性ばかりを重視して、現実を無視していたら、いわゆる現実逃避になりかねません。
現実しか見ていないようでは、真実が見えるはずもありません。
どちらも中道から外れた、バランスを崩した状態です。

この状況から脱するにあたり、時が解決してくれるというようなものではありません。
無意識の自分が 働きかけてくれ、意識の自分が変わるというものでもありません。

あくまで変化していくキープレーヤーは、意識の私なのだと思います。
優れた思想をもとに、思考していくことなのではないでしょうか。

もちろん、自分の思想観が、ガラッと大きく変わる時があるはずです。
過去世からの 根源的な業に直面した時、
自分の価値観を、根本的に変えざるを得ない体験をした時、
こうしたチャンスが訪れます。

だから、目に見える困難は、必ずしも悪いことではないのです。

その時、「新しい私」として立ち上がるのは、やはり意識の私です。
不完全で未熟な私が、思考の力で立ち上がるのです。

自分の中にある「何か」を、悪いものだとして切り捨てるのではなく、
弱い自分も、醜い自分も、自分なのだと認めることで、
極端に偏らず、心の中に調和とバランスを保ちながら、その「何か」の価値を高めることで、

弱い人間のまま、新しい未来に進んで、歩み出せばいいのではないでしょうか・・・

JUSTICE.【正義】

タロットのジャスティスには、本来は「正義」というキーワードがあります。
しかし正義は「何が正義なのか」という 哲学的な思索が必要になる為、リーディング上は読みにくいキーワードです。

ジャスティスの正位置は、思考が偏っておらず、バランスの取れた思考ができていると解釈し、
逆位置で出た時は、思考のバランスが崩れ、偏った思考に陥っていると読むとわかりやすいです。

どんな思考に偏って、何にこだわっているかは、他のカードも参考に、全体から問題点を読み解いてみましょう。