希望の未来は今の私の結果

タロット-生命の物語

希望の未来は今の私の結果

私達が生きているこの現実世界の未来に、決められた運命などはありません。
変えられない未来もありません。
未来は、私達の意思の力で創っていく事ができるからです。

とはいえ、何でも思い通りになるわけではないことは、誰もが実感しているはず。
未来を変えるだけの強い意思のエネルギーは、そう簡単に生まれるものでもありません。

人類の歴史において、
まるで創造神が、私たちの世界を創り、私たちの人生を動かしていると考える思想が多かったのは何故でしょうか?

現代思想においても、
運命は変えられると、希望的に語る人は多いまでも、それなりの根拠を話せる人は、さほどいないと思われます。

やはり、ほとんどの場合は、まるで自分の外にある、何かの力に 動かされているかのように、流れに流されて生きている人が、圧倒的に多いからではないでしょうか

現在の私は、過去の私の結果です。
今の私が幸せなのか、何かの悩みを抱えているのかは、過去の私に原因があります。
その過去が、今世での過去なのか、過去世なのかの違いがあるだけです。

同じように、未来の私は、今の私の結果です。
これは望む未来を創るためには、その未来を創り出す私になっていけば良いことになります。

もし現状の私が、満足できるものではなく、何かを変えたいと思うなら、
環境を変えたり、他者が変えてくれると思うのではなく、
自分が変わるしかないのです。

自分の「外」にある、何かの力が、未来を決めているわけではありません。
もし変えられない運命というものがあるのなら、未来は決まっているはずですし、現実を 努力して変えていく必要など なくなるはずですね。

未来を創るのは、時には悩み苦しみ、時には間違えも起こす、不完全な私たち人間です。
望む未来を夢見て、そこに進むと決めた 決意の心、強い意志の力が、
無意識の底にある 宇宙生命の想い、生命の底から湧き出るような 大感情と、一致した時…

まるで世界が変わり、運命が動いたかのように、新しい道がひらけるのです。

本質はいつでもシンプルで、
自分がどのように生きていたかにより、その結果が未来の形として現れているに過ぎないのですが、
現実世界を生きる私たちの目には、突然、目の前に道がひらけたかのように映るのでしょう。

繰り返しますが、誰もがこうした経験をできるわけではありません。
多くの人は、まるで神に決められた道を歩いているかのように、
ただ漠然と、状況に流されて生きているはずです。

私は運が悪いんだ
私が苦しんでいるのは、あの人が悪いんだ
私がこんな状況なのは、こんな環境だから悪いんだ

という心の中には、自分が主体ではありません。
だからいつまでも、自分が変わればいいんだと、自分の中に原因を感じることができないのでしょう。

だから、大きく人生を変えた体験を持つ人は、
どこかで自分の考え方や価値観が崩されるような、大きな苦しみを経験している場合が多いのではないでしょうか?

どうにも変わらぬ環境を嘆き、何もできない自分の非力さを感じ、
最後の力を振り絞って、自らの足で立ち上がり、一人で道を歩き始めた時…

まるで、死の底から復活したかと思うような、新しい自分に生まれ変わっているのでしょう。

その時に、気がつくはずです。
未来を作るのは、自分の外にある 何かではなく、
あくまでも自分自身だということに。

私たちは、煩悩のけむりに巻かれるかのように、真実を見失って生まれ、煩悩渦巻く、この現実世界で生きてきました。

しかし、何かの間違えを犯し、悩み苦しむという体験をするからこそ、
自らを成長させ、不完全な人間の姿のままで、真実に目覚めていけるのだと思います。

これは、現実世界においては、苦しみの渦中にいる中であっても、
希望の未来に、自分の足で進もうと決意した瞬間の生命の中に、
新しい未来は、既に生まれていることを意味します。

もちろん、時間軸のある現実世界では、
明るい結果が現れるまでには、それなりの時間が必要です。

いよいよ 過去に蒔いた種から芽が出て、
今まさに、現実の世界に 希望の花が咲く時が来ましたね?

JUDGEMENT.【審判】

タロットのジャッジメントには、
昔の西洋思想の基本が現されているかのようなカードです。

昔の生死感では、人間は死を迎えた後、大いなる神のような存在に 審判を受けます。
いわゆる最後の審判ですね。
ここで復活できるか、完全なる死となるかが決まると信じられていました。

だからジャッジメントを伝統的な思想観で読んだ場合は、
正位置が出たら、これまでに死んでいた何かが復活するという意味になりますが、
逆位置が出たら、復活できない、つまり完全な終わりを意味することになります。

この思想を、そのまま解釈に当てはめたら、「運命は変えられない」ことになります。
タロットなどの占いが「怖い」と思われる、根本的な理由のひとつだと思います。

伝統的な解釈とは異なるかもしれませんが、
これを「未来は自分で創るもの」 という生命の本質から読んだ場合、

ジャッジメントの正位置は、
一つの夢や、これまで努力してきたことへの、望んだ結果が出る時であり…

逆位置の場合は、
今のままでは望む結果が出ない、自分の何かを変えなくてはいけないとの、
強い警告として捉えたらどうでしょうか?

審判をくだすのは、ほかでもない 自分自身です。
あくまで未来は、自分の心で決まります。