無意識と意識・感情と思考☆心の調和

タロット-生命の物語

無意識と意識・感情と思考☆心の調和

人間には 感情があれば、思考することもできます。
感情と思考は、時として一致せず、自分の中に矛盾や葛藤が生まれることもあるでしょう。

犬猫などの動物にも 感情もあれば、思考もしているようです。
では人間と、他の動物の決定的な違いは何かといえば、
思考で感情をコントロールすることができるという点ではないでしょうか?

感情には、意識上で、自分が自覚している感情と、
無意識の中で、自分では 自覚できていない感情があります。

意識の上では、
後には戻れない過去を振り返り、後悔してみたり、
起きてもいない未来を想像し、不安や恐れを感じてみたり、
わかりもしない他者の心を、勝手な解釈で捉えてみたりと、
頭で思考することで、不要な悩みを増やしているのです。

無意識の中では、意識のような思考は、されていないと考えられます。
そこにあるのは、純粋でシンプルな感情だと思います。

感情にも、意識に近い感情と、無意識の深いところにある感情があります。
意識上の感情は、思考でコントロールする事が可能。

目の前に好ましくない出来事があって、悲しみの感情が起こっても、
明るい未来をイメージすることで、悲しさを打ち消すことができます。

しかし、思考では、無意識の深いところの感情をコントロールすることはできません。
なぜなら、心の奥で、自分がどんな感情を抱いているか、わからないこともあるからです。
また、無意識の心の方が、正解を知っているからでしょう。

無意識の感情は、自覚ができません。

例えば、過去世での人生経験、特に失敗体験などは、恐れや不安として、無意識の中に潜んでいます。
これらは、原因がわからず、ある時に突然と意識上に湧いてくるため、思考ではコントロールできないのです。
もちろん無意識の私からすると、同じ失敗を犯しそうな時に現れているはずなのですが。

このように人間は、まるで自分の中に、二人の私がいるかのように、心に矛盾が生じたり、葛藤を起こすことがあります。
意識の私と、無意識の私のズレが、心や肉体の痛みとして現れる場合もあるでしょう。
これは何も悪いことではなく、意識上の私に対する、自分の心からのメッセージなのかもしれません。

意識の私と、無意識の私が食い違っていた時、
自分の心の中にある感情と、思考のバランスが崩れていた時、
頭で考えて行動を起こしても、恐らくはうまくいかないでしょう。

両者の調和がとれ、バランスが確立されているからこそ、現実の生活の中でも、状況をうまくコントロールすることができるのです。

無意識の感情、そして意識上の思考、
これのどちらが主体なのでしょうか?

もし、より正解に近い、無意識の感情が主体であるならば、
動物のように、本能で生きることが正しいということになってしまいます。

私たち人間は、宇宙生命という広大な海の、波のような存在。
私たちが成長することで、宇宙生命に変化を与えるための存在意義があります。

つまり、私たちは、日常の様々な出来事を体験し、
時には悩み、苦しみ、自分で考えることで、自分の進む道を決めていきます。

もちろん時には間違えることもあるでしょう。だから変化が生まれます。
そして、自分で考えて、たどり着いた答えが、
無意識の心と一致をした時、自分にとっての正解の道を進めるのでしょう。

生命の観点から見た場合は、無意識と意識の合致に違いないのですが、
意識の私から見た場合は、思考で感情をコントロールしていると表現してもいいのかと思います。

未来を創る主体者は、未熟で不完全な、私たち人間だという自覚が大切です。

TEMPERANCE.【節制】

タロットの節制は、無意識と意識の調和が取れているか、感情と思考のバランスが取れているかを表しています。

カップの水は、感情の象徴。
カップからカップへと、水をこぼさずに移している絵柄は、まさに調和が取れていることをあらわしています。

節制のカードには、現実の状況の良し悪しが明確に現れます。
なぜなら、心に調和が生まれている状態で行動を起こしたら、未来に良い結果が待っていますが、
逆位置のように、心のバランスを崩している状態で、行動を起こしたら、悪い結果となって当然だからです。

もちろん、逆位置を警告として捉えて、この状態での言動を控えるようにしたら、悪い未来を回避することができますね。

タロットは、決められた未来を占うためのものではなく、
あくまで生命の現在地を知った上で、どう行動するかによって、未来は変わるのです。