無意識と意識の合致

タロット-生命の物語

無意識と意識の合致

人の心には、何かを考えて 行動したり、ものごとを認識する「意識」の他に、
自分では自覚できない感情などが眠っている「無意識」があります。

私たち人間は、個の存在のように意識していますが、
その本質は、すべての人が、そして周りの環境も含めて、すべてがひとつの生命であると考えられ、これを宇宙生命と呼ぶようにしています。

つまり無意識の中には、個としての私の情報だけではなく、
宇宙生命としてのすべての情報があると捉えることができます。

私たちは、自覚ができないだけで、自分の心の中に、すべての答えを持っていることになりますね。

意識の私には、目に見える現実しか見えていません。
だから他者は、自分とは別の生命だと誤認し、
周りの環境も、自分の外にあるものだと誤認しているのです。

この誤認を生み出しているものが、
様々な欲望など、いわゆる煩悩です。

人間は、煩悩を捨て去って、神のような存在になることはできません。
できてしまったら、そもそも人間として生まれてきた意味がなくなるからです。

それでも時には、答えを知っている無意識の真実に近づきたくなるのは、
人として当然のことなのだと思います。

意識の私は、目に見えている現実からの情報を元に、
時には 自分の願望というフィルターを通し、
時には 頭で描いた不安や恐れのフィルターを通し、
真実を曲げて、ものごとを捉えます。

だから、実際に起きてもいないことに悩み苦しむこともあるのでしょう。

意識の私が、無意識の私とあまりに食い違っていたら、体や精神が不調になることもあるようです。

今や、無意識の情報を探る手段は たくさんあるので 試してみるのもいいと思います。

自分で気が付かなかった自分を知ることは、意識化していることになります。

そしてそれが正しいかどうかは、自分にはわかるはずです。
自分にしかわからないとも思います。
自分がそうだと思って、考え方や行動が変わったら、それはもう 意識の私です。

よく「神からの啓示があった」とか、「宇宙の声を聞いた」というように、
自分の「外」にある存在から何かしらのメッセージがあったと表現される場合がありますが、
すべては自分の心の中に答えがあるのだと思います。

真実の答えは、外にあるのではなく、
宇宙生命としての記憶を 思い出しているだけなのです。

無意識と意識の心が一致した時は、心が非常に安定しています。
目の前に起きている現実に振り回されることなく、
冷静に真実を見つめています。

仮に現実の状況がざわついていても、
動くべきタイミングでない場合は、慌てず、落ち着いて、状況を静観することができるはず。

例えば、現実の何かが壊れたり、失ったりするような出来事があったりと、
現実の状況が、自分にとって好ましいものではなかったとしても、
それは未来に飛躍するための、必要な過程であったりするものです。

意識の私には、目の前の出来事しか映らなくても、
無意識の私は、これから先に起こる変化が見えているのです。
なぜなら、目に見えない次元においては、既に変化が起きているのだから・・・。

だから、この世界での時が来るまで、静観していられるのです。

THE HIGH PRIESTESS.【女教皇】

タロットの女教皇は、
意識と無意識が合致し、真実を知るが故に、冷静に現実を静観している精神状態を意味します。

正位置は、真実が見えている状態。

逆位置は、真実を見失いそうな状態です。
意識と無意識の調和を少し崩しているような状態でしょうか。
真実を見失いかけて、今まで見えていたものに霧がかかったような感じなので、
「何か大切なことを見失っていませんか?」というような警告と捉えるとよいでしょう。